婚活パーティーの受付で渡されるプロフィールカード。
年齢、職業、趣味、休日の過ごし方――
そして、一番上には必ず「名前」の欄がある。
そこに何を書くか、少し迷ったことはないだろうか。
本名?
下の名前だけ?
それとも、イニシャル?
婚活パーティーの「名前」は、
たった数文字なのに、
その人の“心のあり方”を静かに映し出している。
初めて婚活パーティーに参加したとき、
私は「フルネームで書くなんて、ちょっと怖い」と思った。
まだ会ったばかりの人に、
本名を知られるのは抵抗がある。
だから、名前の欄には“あや”とだけ書いた。
それが一番、無難だと思ったのだ。
でも、会話が始まってから気づいた。
相手の男性が私のことを呼ぶとき、
どこか遠慮がちな声になる。
「……あやさん、でしたよね?」
その“さん”の後にある、
小さな距離。
それは、相手だけでなく、
私自身が作っていた壁だった。
婚活パーティーの「名前」は、
ただの呼び名ではなく、“心の扉の開き具合”のようなものだ。
フルネームを書く人もいれば、
下の名前だけの人もいる。
イニシャルやニックネームの人もいる。
そこに正解はない。
けれど、名前の選び方には、
無意識のうちに「どんな距離で人と関わりたいか」が表れる。
たとえば、フルネームで書く人は、
「誠実に向き合いたい」という意志の表れ。
一方で、下の名前だけの人は、
「親しみを持ちつつも、自分を守りたい」という思い。
どちらも間違いではない。
ただ、“その選択の理由”を自分で理解しておくことが大切なのだ。
ある女性はこう話してくれた。
「最初は怖くて、イニシャルしか書けなかったんです。
でも、ある日ふと思ったんです。
“どうせちゃんと話さないと何も始まらないのに、
最初から自分を隠してどうするんだろう”って。」
それから彼女は、
思い切ってフルネームを書くようになった。
すると、会話の始まり方が変わった。
「〇〇さん、よろしくお願いします」
その声に、少しだけ信頼が生まれる。
“名前を名乗る”というのは、
“私を知っていいですよ”という小さな許可のサイン。
そのサインがあることで、
相手の心にも安心が生まれるのだ。
名前とは不思議なものだ。
それは、ただの記号ではなく、
“存在を呼び覚ます言葉”でもある。
自分の名前を呼ばれると、
心の奥が少し温かくなる。
子どもの頃、好きな人に名前を呼ばれたときのように。
名前には、
「あなたを見ています」というメッセージが宿っている。
だから、婚活パーティーで「名前を名乗る」ことは、
“心を見せる”第一歩なのだ。
一方で、
「名前を出すのが怖い」という感覚にも、ちゃんと理由がある。
婚活という場では、
まだ相手がどんな人か分からない不安がある。
個人情報のリスクを気にする人もいるだろう。
それは当然のことだ。
だからこそ、
「フルネームで書けない自分」を責める必要はない。
大切なのは、
“隠すこと”ではなく、
“なぜ隠したいと思うのか”を理解すること。
たとえば、
「まだ自分を見せる勇気が持てない」なら、
それは“信頼を慎重に育てたい”という誠実さ。
「傷つきたくない」なら、
それは“人を大切に思う心の繊細さ”。
婚活は、勇気と臆病さの間を行ったり来たりする時間だ。
その揺れがあるからこそ、人は深く成長できる。
婚活パーティーのプロフィールに書く「名前」は、
ほんの数文字でも、
“あなたの物語のはじまり”になる。
それは、“出会いの名刺”ではなく、
“心の温度”を伝える小さな言葉。
だからこそ、
誰かの名前を呼ぶときにも、
丁寧に、やさしく呼んであげたい。
「〇〇さん、今日はありがとうございます」
「〇〇さんって、笑顔が素敵ですね」
そんな一言が、
相手の心に静かな光をともす。
婚活の場では、
「プロフィールの書き方」や「会話のコツ」など、
テクニックが注目されがちだ。
でも、結局のところ、
人を動かすのは“誠実さ”だ。
名前を丁寧に書き、
相手の名前を丁寧に呼ぶ。
その当たり前の積み重ねが、
一番深いつながりを生む。
あなたが名前を書くその瞬間、
“どんな気持ちでその一文字を書いているか”が、
不思議と相手に伝わる。
だから、迷ったときはこう考えてほしい。
「私は、どんな距離で人と出会いたいだろう」
その答えが、
あなたにとっての“正しい名前の書き方”だ。
婚活パーティーのプロフィールカードの上、
たった数センチの小さなスペース。
そこに書かれる名前は、
あなたの“生き方の縮図”でもある。
隠すことも、見せることも、
どちらも間違いじゃない。
でも、そこに“誠実さ”があるかどうかで、
出会いの質はまるで変わる。
誰かと心を通わせたいなら、
まずは自分の名前を、大切に扱うことから。
そして、
誰かの名前を呼ぶときには、
その人の人生をまるごと尊重するように。
“名前”とは、
最初に交わす「信頼の挨拶」なのだから。