「そろそろ妥協も必要かな」
アラフォーで婚活をしていると、
誰かしらからこの言葉を言われる。
友人から、親から、あるいはカウンセラーから。
優しさのようでいて、その響きはどこか切ない。
“妥協”という言葉は、
「もう夢を見てはいけない」と告げるような冷たさを帯びている。
でも本当に、結婚には妥協が必要なのだろうか。
あるいは、そう言い聞かせなければ、
心のバランスを保てないだけなのだろうか。
婚活の世界では、“選ぶ”ことが常に求められる。
プロフィールの一覧、マッチングの通知、
写真、年収、身長、職業、居住地。
数え切れない条件の中から、“いいかも”を選ぶ作業。
そして同時に、“選ばれる側”でもある。
相手に評価され、判断されることが続くと、
いつの間にか心が疲弊してくる。
「もうこの辺で決めないと」
「高望みしてると思われたくない」
「普通に結婚できるだけでいい」
そうやって“妥協”という言葉で、
心の痛みをやわらげようとする。
けれど、それは本当に癒やしではなく、
“自己否定の始まり”になっていることもある。
“妥協”という言葉の裏には、
「本当は違うと思っているのに、我慢して受け入れる」というニュアンスがある。
でも、結婚は我慢の上に成り立つものではない。
日々を共にするパートナーシップは、
「納得」と「安心」の上でこそ続いていく。
つまり、婚活における妥協は、
“譲る”ことではなく、
“見極める”ことに変えていく必要があるのだ。
ある女性がいた。
彼女は42歳。
婚活歴3年、何人もの男性と会ってきた。
「理想を下げたほうがいい」と言われ、
少し年上で条件が安定している人と交際を始めた。
でも、どこかで心が動かない。
相手の優しさを感じても、
“この人と生きていきたい”という感情が湧かなかった。
彼女は迷った末に、交際を終えた。
「もう次はないかもしれない」という不安もあった。
けれど、彼女はその選択を“妥協しなかった自分”として受け止めた。
数か月後、彼女は一人の男性と出会う。
同じアラフォーで、転職したばかり。
収入も安定しているとは言いがたく、
条件だけ見れば、周りからは「やめておいた方がいい」と言われた。
けれど彼は、彼女の言葉を丁寧に聴き、
意見の違いにも誠実に向き合ってくれる人だった。
「この人となら、どんな未来でも受け入れられる」
そう感じた瞬間、彼女は悟ったという。
“妥協していないのに、心が穏やか”――
それが、正しい「選択」なのだと。
アラフォー婚活で難しいのは、
“現実を受け入れながら、夢を手放さない”こと。
若いころの恋愛のような高揚感は少なくなる。
一方で、人生の深い部分――価値観や心の支え――が
より大切になってくる。
だからこそ、
「理想を下げる」のではなく、
「本当に必要なものだけを残す」ことが鍵になる。
たとえば、
“高収入”よりも、“安らげる会話”を選ぶ。
“ルックス”よりも、“誠実な言葉”を選ぶ。
“条件の多さ”よりも、“信頼の深さ”を選ぶ。
それは妥協ではなく、“成熟”だ。
婚活の場で多くの人が苦しむのは、
「諦めたくない」と「焦りたくない」が同時に存在するから。
この二つの感情は、いつも反対方向に引っ張り合う。
諦めないほど焦り、
焦るほど、自分を信じられなくなる。
でも、そんなときこそ思い出してほしい。
婚活は、
「今の自分を誰かに証明する時間」ではなく、
「これからの自分を一緒に育てる人を探す時間」だということ。
その視点を持つだけで、
“妥協”という言葉は“選択”に変わる。
もし今、婚活に疲れているなら、
こう問いかけてみてほしい。
――私は、どんな関係なら心が穏やかでいられるだろう。
――どんな人となら、自分らしく笑えるだろう。
その答えを見つけることこそが、
婚活のゴールに近づく唯一の道だ。
たとえ今は誰かに「妥協が必要」と言われても、
あなたの中に“本当の軸”があれば、
それはただのノイズにすぎない。
妥協は、弱さではない。
それを「自分を守る選択」として使うなら、
たしかに役に立つこともある。
けれど、本当に幸せな結婚を望むなら、
“心を閉じる妥協”ではなく、
“心を開く選択”をしてほしい。
譲ることより、信じること。
削ることより、育てること。
我慢ではなく、受け入れ。
それが、アラフォー婚活の本当の強さだと思う。
40代になって婚活をしているあなたは、
もう若さで選ばれる時代を終えている。
でもそれは、価値が減ったという意味ではない。
むしろ、経験という光を持って、
「自分をどう生きるか」を知っている人なのだ。
そんなあなたが、
心から「この人と生きたい」と思える相手に出会えたとき、
それは妥協ではなく、
人生の選択としての“覚悟”になる。
その瞬間こそが、
アラフォー婚活の最も美しいゴールなのだと思う。